犬山城(リンクのトップはここ) 2004.03.10
ようやく春めいて来たので久々におでかけです。
犬山はずいぶん昔に行ったきりです。それもメインは桃太郎神社(笑)
行ったことある人なら分かってくれると思いますが、あのいかがわしさ爆発の迷所です。
あそこはバスもなく船もこの時期出てないらしく、徒歩で行くにはさらに気合を入れないと
いけないので今回はパス。犬山城を目標にしました。

リアル電車でGO! 名鉄パノラマカーは運転席が2階で、1階は先っちょまで座席です。
非常に景観がよく、景色眺めるのが大好きなわたしは童心に帰って楽しみました。

犬山駅到着。ひとつ先の犬山遊園駅の方が少し近いんですが乗り換え面倒だし
のんびり散歩しようかと。

駅から歩く事15分くらいでしょうか、ようやく城が見えてきました。
手前の鳥居は針綱神社。

針綱神社 尾張五社に数えられているそうです。
他4社は津島神社、真清田神社、千代保稲荷神社、国府宮神社、熱田神宮です。
ってあれ?6社ですね。ググったら6つ出てきました。詳しい方詳細キボンヌ

気を取り直して神社を抜けると櫓が現れます。わたしが敵兵なら今頃櫓の番兵に通報されてることでしょう。

正門。2階はかつて物見櫓として機能していましたが、今は事務所のようです。大人400円。

これが犬山城です。国宝。現存する最古の天守と言われています
(その後の調査で最古じゃないとかいう説もありますが詳しく知りません)。
ちなみに国宝天守は4つあり、後は姫路城、彦根城、松本城です。
それから、ご存知の方も多いでしょうけど、全国で唯一個人所有の城です。

追記 2004年4月、財団法人の管理・所有になりました。

天守のすぐ横にご神木の杉の木が立っています。
解説によると、築城以前から立っており、落雷の身代わりや台風時の風除けになり城を守るも
昭和34年の伊勢湾台風によるダメージのため40年に枯死したことの事です。

場内には靴を脱いで入ります。ここは入り口入って階段を上った所。穴蔵と呼ばれます。石垣が露出しています。

1階は納戸の間と呼ばれています。
付櫓
 一段降りた所にあります。真ん中にある台は記念の記帳台。
高校生カップルの記名もありましたが、あんたら渋いなw

付櫓から覗くとこんな感じなんですが、正直入り口の後付テントが超うざいです。
仮にも国宝なんだし掃除用のモップとかは見えない所に置いて欲しいなあとか思います。

上段の間 お殿様の部屋ってことですが、戦国時代の城は常にそこに寝泊りしてるわけじゃなくて
戦時の緊急時だけそこに篭ることを目的にしてたので、こんな狭い部屋でOKだったんでしょうね。

戦後修復した時に交換された、かつての鯱と鬼瓦。

石落としの間 まさに石を落として石垣を登る敵兵を撃退する場所。
のはずなんですが、物の本によると、「戦国時代が終わって平和になってから後年の学者が
間違って使い方を記したのが名残で石落としと言われるようになり、
実際は、ここから鉄砲で狙撃するのが目的だった」、とも解釈されてるそうです。

石落としの間を外から見たところ。 見てみれば分かるんですが、確かに、石垣の上に作られたこの間は
せいぜい5mの落差しかなく、そんなに大きな石も落とせないので
ここから石を落としても効果があったとは考えにくいっちゃにくいです。

マニアックな話になりますが、写真中央の四角や三角がおそらく「狭間(さま)と呼ばれるものかと思いますが
ここから鉄砲で狙撃したりしたそうです。名古屋城などの狭間は「隠狭間」と言って外部から場所が分からないように
外から壁を塗りこめて、使用時には壁を突いて壊したそうです。

当時の鎧が数点展示してあります。名古屋城と違って撮影禁止でなかったのは非常に嬉しいです。

城内の階段はどれもこんなに急勾配なのでみんな昇るのに四苦八苦でした。
戦時にはここを激しく上り下りしなきゃならないと思うと大変そうです。

2階は武具の間と呼ばれ、武器を保管しておく場所です。
2階から木曽川を眺める。対岸は美濃国、岐阜・各務原市です。
写真中央やや上部の島のような小さな山にはかつて鵜沼城がありました。

右の通路が武者走り。
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