名古屋城 2004.11.08
去年も行きましたが、今年は東南隅櫓の一般公開を見に行きました。
丁度菊人形展やら菊花展やらやってたので、特に興味はないですけど(笑)
一応撮ってきました。


普通っぽい菊から何やら珍しそうな菊まで色々展示してありました。

合掌作りですかね。ジオラマ系のものもありました。右は菊人形。中央の人形は回転します。

前回撮り忘れた東南隅櫓。正門からしばらく歩いて左手にある表二之門の右に位置します。
戦火を逃れ江戸時代に作られた当時の姿をそのまま残す貴重な建造物で、普段は中の公開はしてませんが
毎年秋1ヶ月くらいの間だけ公開されています。

正直、何もありません(笑)櫓とは「矢倉」とも書くように、通常武器庫として使われ
戦時にはここに篭って迎撃することも想定されていました。

石落とし。平時は板で塞がれてますが、戦時はこのように開いて迎撃した。というかするつもりだったんでしょう。
名古屋城で戦闘が行われたことはたぶんないのでおそらく使ったこともないかも知れません。
改めて実物を見て、ここから石を落としたというのは眉唾だと感じました。せいぜい15センチくらいの隙間ですから。

櫓から見た大天守。昔は手前に本丸御殿が見えたはずです。

櫓の屋根に400年の時の流れを感じます。

相変わらず城内の撮影は禁止。で、この時は古写真を特集していくつも展示してたんですが、
戦災で燃える前の天守にも「禁写真撮影」という札があったので伝統か何かなんでしょう。

バウバウ。松村邦洋です。東海テレビの小番組のレギュラーやってるんですが、ロケやってました。
徳川の歴代将軍の名前をソラで言ってましたが、カンペはなかったみたいでマジだったみたい。

二之丸庭園の片隅に「青松葉事件」の碑がポツンとあります。
検索すれば詳しく考察したサイトがいくつもあるので詳細はそちらに任せるとして、
幕末も幕末、1868年、当時の尾張藩は勤王派で、佐幕派、つまり旧幕府支持の臣下に
クーデターの動きがあるということで首謀者として何人も問答無用でこの地辺りで斬首されたそうです。
「青松葉」とは、その斬首された臣下の一人・渡辺新左衛門の家系を意味していたそうです。

那古野城跡。現名古屋城二の丸にかつて存在した城で、織田信長生誕の地と言われています。
今は庭園として整備されています。

二の丸際の水堀。石垣にも年代を感じます。


埋門(うずみもん)跡。殿様の脱出口ですね。おそらく空堀に下りて写真右下の水堀から船で脱出したと思われます。

南蛮たたき鉄砲狭間。写真中央の半円穴がそうですね。
戦時にはこの穴から鉄砲で応戦するつもりだっと思われます。
「南蛮たたき」が具体的に何なのか軽く検索してみましたが、よく分かりませんでした。
他に城内で、名古屋城とは縁もゆかりもない川中島合戦にまつわる展示をしてました。
写真が撮れないのでガイドブックでも買おうと思ったら、白黒なのに千円もするし。フルカラーなら買ったんですけど。

本当は紅葉とか桜の時期に行きたいものですが、なかなか腰が重くてたまにしか行けません。